福祉サービスを利用していない在宅介護の現状!泣ける話

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はじめに

今回は、在宅介護を10年以上おこなった家族の現状をお伝えします。

母親が義父、義母に対して行った在宅介護を娘視点で紹介します。

在宅介護の現状を少しでも知ってもらえたらと思います。

それでは、娘様のインタビューを確認してください。

在宅介護の現実

私の母は壮絶な在宅介護を10数年に渡り葛藤していました。

母は義父、義母の介護に明け暮れていました。

私からみると祖父と祖母で、当時私はまだ小学生から高校生の頃だったのですが、今でも鮮明に母が体験してきた介護は大変な思いをしていたのだと記憶にハッキリ残っています。

祖父と祖母はほぼ同時期に病気になり、徐々に寝たきりへとなっていきました。

祖父は脳梗塞、祖母は心筋梗塞だったと記憶しています。

広い平屋の家の一室に隅と隅に介護用ベッドが2台並んでいました。

祖父は認知症も患い、まともな会話も出来なくなっていました。

周辺症状(BPSD)

寝たきりだったのでオムツをしていたのですが、手をオムツの中に入れてしまい、排便を手にベッタリと付けていました。

便コネ(弄便)と言われる行為です。

祖母は、手術後から食事を口から摂ることが出来ず経鼻栄養補給といって、鼻からチューブを胃まで通し、栄養を点滴のような形で胃に送っていました。

しかし、チューブを鼻から通していることで違和感があったのか自らそのチューブを抜き、栄養補給のための液体が床に溢れていたのを覚えています。

チューブを抜いてしまうと自分たちで入れることが出来ないので、毎日のように病院へ通っていました。

ナースコールが悩み

昔ながらの広い平屋では祖父、祖母の声が届かず二人のベッドにはナースコールのようなスイッチを用意し、どこにいてもベルを鳴らせば呼んでいるのが分かるようになっていました。

でも、そのベルが母を悩ませていました。

在宅呼び鈴.jpg

昼夜関係なく、ベルを鳴らすのです。

部屋を出た瞬間に鳴るときもあります。

母は本当に自分の限界を感じ、施設に入所させたいと父に相談していました。

父は自分の兄弟(祖父母の子供)たちにそのことを伝えたのですが、父を含めた皆が施設の入所に猛反対しました。

理由は「かわいそうだから」だったそうです。

当時は今みたいな綺麗な施設という感じではなく、山の奥にあることで施設=姥捨て山のように思っていたのです。

介護者のストレス

祖父母の子供たちは介護を手伝ってくれるわけではなく、ただただ文句ばかり言って母を追い詰めていきました。

「嫁のあなたがやるのが当たり前」
「ちゃんと介護をしなさい」
「痩せた気がするけどちゃんと食べさせているの?」

四六時中介護をしている母に対し、たまに顔を出してはこう言っていました。

母がよく隠れて泣いていたのを知っています。

しかし、私もまだ子どもだったので何もしてあげることが出来ず、むしろ私たちと遊んでくれないことに苛立ちさえも覚えていました。

母は何年も何年も介護を一人で頑張っていたのです。

誰も母のことを気遣うことはせず、当たり前のように介護漬けにしていたのです。

そんな頃、母に何か話かけても首を動かすのみで言葉を声に出さなくなっていました。

何も話さない母に私も含め、だれもが怒っていました。

しかし声を出さなかったのではなく、出すことが出来なくなっていたのです。

医師の診断はストレスによる失語症でした。

そんな母に対しても父の兄弟たちは「精神的に体が弱すぎる」と母を責めました。

言語訓練をして10数年経った今でも完全には治っていません。

母はストレスを発散させる場所もなければ、吐き出すところもなかったのです。

私たち家族が母のことをもう少し気にかけていれば、こんなことにはならなかったのかもしれません。

先に祖父が亡くなり、続けて祖母が亡くなって母の負担は軽くなりました。

介護者の本心

でも、自分の身を削り介護に悩まされてきた母ですが、祖父母の最期の時は「何もしてあげられなくてすみませんでした」と泣いていました。

私も大人になり母から介護話を聞いた時、どういう気持ちだったのか聞きました。

すると

「祖父母を殺すか、私(母)が死のうか、ずっと悩んでいた」

そう言ったのです。

その言葉を聞いたときは全身の血の気が引きました。

でも、それほどに母は一人で介護生活に疲れ果てていたのだろうと思います。

私はそんな介護する母を見て、介護士の道に進みました。

母は反対だったのですが、母のように介護に疲れ果てている人の力に少しでもなれたらと思い介護の道を選びました。

知識を身につけた今だったら、母をこんなにも助けてあげることができたのにと思ってしまいます。

これは余談ですが、私が結婚するときサプライズでこんな手紙を式場で母に読みました。

巨大なスクリーンに祖父と祖母の写真を音楽に乗せてスライドショーを流したのです。

母へのプレゼント

【お母さんへ

長年に渡り祖父母の介護お疲れ様でした。

簡単な言葉では言い表せないほど本当に大変な12年間でしたね。

お母さんの大変さを知りながら私たち家族は手を差し出すこともできませんでした。

お母さんがやるのが当たり前のように思っていました。

子どもだったとはいえ、見てみないフリをしていました。

今思うと、お母さんは幸せといえる人生だったのだろうかと考えてしまいます。

私たち兄妹の育児をしながら祖父母の介護は壮絶なものだったと思います。

でも、私はそんなお母さんのおかげで介護士という夢を見つけました。

私はこの仕事が天職だと思っています。

祖父母も今天国でお母さんに感謝していると思います。

介護してきた自分に自信を持って下さい。

私たち家族にとって、あなたは最高の母です。

ありがとう、お母さん】

手紙のあと、このサプライズを知っていた父、兄妹が母のもとに集まり花束を渡しました。

驚いていた母は涙を流しながら「ありがとう、このプレゼントは祖父母のおかげだね」と言いました。

何も母を手伝うことができなかった私たち家族からの感謝を込めて、このサプライズを企画しました。

こんなことで母の介護生活で消えた人生が戻ってくるわけではありませんが介護を通し、これで家族が一つになれたような気がします。

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